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2010
09/06
Mon

2010年09月06日(月曜日) 行って良かった

day by day

 (14:30)今日の午後、北京から羽田に帰ってきました。やっと遅れを解消し、その日のday by dayをその日にアップできるようになった。久しぶりな気がする。チベットに向けて出発した8月31日以来です。

 物理的にはチベットのラサからでもアップは出来ました。昨日も書いたように、ネットは繋がっていたし、多分FTPも問題なく出来ただろう。その日にあったことは、文章としてはその日に書いていましたし、いつも通り写真も自分で撮ったものが大部分でした。そうした方が良かったかもしれない。

 しかし、以前から「中国ではycaster のサイトが見れない」という報告もある中では、そして中国における全ての通信が監視されていると噂され、特にチベット関係はうるさいとされる中で、特にラサでは今回はその日その日のアップはしないことに決めていた。行く前からです。

 第一に団体旅行ですから、何かあってはいけない。何もないと思うが、今の中国にとってはチベット問題はセンシティブな筈です。それは私がこの目で目撃してきた。しかし、そうだからこそ、私は思ったままを書きたかった。だから「delayed」にした

 一日一日の印象を書きつづったday by day とは別に、近く全体の印象記をまとめる予定です。正直、今回チベットに行って良かったと思う。行って見るのと、見ないのとでは全く違う。チベットは、なるべく多くの日本の方に訪れて欲しいと思う。

 それにしても、ラサの街の彼方此方や郊外で見かける兵士は威圧的だし、チベットで一番神聖とされるジョカン寺が、中国政府の制服兵士に制圧されているかのように見えたのは、私にとっても衝撃だった。恐らく、チベットの人には屈辱だろう。

  1. 3年前のモンゴル紀行
  2. 昨年のブータン紀行
 に続く今回のアジア極地旅行。あくまで日本から見た「極地」のイメージ。しかし、チベットはアジアの中心、そうでなくても一つの大きな核だったことがある。日本が世界史の表舞台に出てくるずっと前から。

 その点を日本人は忘れがちだ。チベットは、大陸のど真ん中に位置する。チベット人が作った吐蕃王朝(7世紀初めから9世紀中ごろ)は時に唐を凌駕し、王女(文成公主)を人質に取った。今でもチベット仏教はアジア全域に強い影響力を持っている。チンギス・ハーンの孫であるフビライ・ハーンはチベット仏教に帰依した。だから今のモンゴルでもマニ車がいっぱいある。

 去年行ったブータンでも、人々は深くチベット仏教を信じていた。地理的に近いから当然と思う人もいるかもしれないが、それはやはりチベット仏教にそれだけの魅力があったのだろう。踊りなどはブータンとチベットでは良く似ている。良い悪いは別にして、宗教を忘れてしまった日本とはかなり違った世界だ。日本と違う。だから、面白い。

 また来年もどこかに行きたいものだ。「先進国を訪ねてもちっとも面白くない」と思っている私にとっは、非常に刺激を受けた旅だった。

 旅の最後の最後の北京で。北京の旅行業者の間では、チベットの評判が悪いのだそうだ。標高50メートルの北京から行くと、多くの旅行業者が高山病で倒れてしまうからが一つ。もう一つは、「恐らくラサで街を歩いている人の半分は私服警官で、そんなところには行きたくない」ということだそうだ。中国人が言っていた。

 本当かどうか知らない。しかし多くの人が「恐らくそうだろう」と言う。チベット人同士が、仲間内の会話にも気を付けている、という話しは聞いていた。だからあり得ない話しではない。チベット人でも、中央政府の味方をする人はいるだろう。しかし、普通に観光しているぶんには、何ら問題はないし、多くのチベット人が観光業でメシを食べていることも忘れたくない。

 ポタラ宮殿もあと3年で閉鎖される。それを知らないで行ったが、たっぷり見れた。それが良かった。また行きたい。

15:12
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