
(23:30)チベットのラサを離れて成都で乗り換えで、今夜は北京です。ラサを離れるのはかなり残念。本当は自分の目の前でヒマラヤ山脈を見たかったし、チベットという非常に興味深い民族の奥深いところを知りたかった。決して最後まで分かりはしないだろうが、一ヶ月いたら相当面白いレポートが書ける気がする。
ラサ空港でビックリしたのは、搭乗ロビーで全く偶然に朱建栄さんに出会ったこと。これにはビックリした。テレビの番組、具体的にはNHKのBSディベートでご一緒したことがある。上海に向かう途中だという。同じ時期にチベットに居たことになる。
成都も北京も久しぶりです。成都は乗り換えだけなので、空港の外に出られなかったのが残念。。麻婆豆腐の元祖・陳麻婆豆腐の本店と、街角で麻雀をしているご老人の多さが印象に残っている。むろんニョキニョキと伸びるビルも。窓からちょと見えた。日本の企業も一杯進出していて、取材もしたことがある。成都空港では食事をしたが、やはりうまかった。
北京は、スモッグで酷い天候でした。西寧に行くときも乗り換えで通過したが、その時も空の空気は酷く汚れていた。ついでに言うと、河の水色も酷かった。緑になっていた。今回は降りて食事場所まで移動し、そのまま北京泊だったのですが、日曜日の午後遅くと言うことで、郊外に出かけていた車が一斉に帰ってくるのとぶち重なって、酷い渋滞。北京空港のサイドから北京市内に向かう高速道路は、一本しかないそうだ。
渋滞と言えば、内モンゴルから石炭を運ぶトラックなど1万台が引き起こしている中国の北部の大渋滞は、「420キロに達している」と、China Dailyという新聞に書いてある。その見出しは、「Monster traffic jam......again」となっていた。
今回の旅行の中で一つ確認したかったのは、中国の銀行制度の健全性(?)チェックだ。2004年の4月の取材の折りに、確か北京の南京街だったと思ったが、中国工商銀行で作った人民元、日本円、米ドルのそれぞれ少額の預金がどうなっているかを、久しぶりに調べたかった。
極少額だから、カレンシーに対する思惑があったわけではなく、とにかく当時中国のバンキングを調べるために実際に作ったのです。取材陣と一緒に。今回、それをラサで調べた。ごく最近出来たという中国工商銀行のラサ支店で。実は口座の暗証番号を忘れてしまったので入金も出金も出来なかったが、残高がどう動いていたかは調べられた。忘れていたが、口座維持には年間10元かかっていたそうだ。
しかし毎年5元程度の利子が付いて、人民元口座の残高は30元ほど減っていた。日本円は1万2000円入れていたのだが、多分金利が低い状態が続いていたからでしょう、利子はなく同額だった。米ドルはほんの少し増えていた。いつか思い出すと思うので、しばらく口座はそのままにしておくつもりです。日本にもICBCの支店はあるが、中国で作られた口座はハンドルしない。口座は取材を許可してくれた中国の担当部署の担当者も帯同で作ったもの。
今回の訪問では、いろいろな言葉も覚えました。まず「面子住宅」もその一つかな。中国の道は日本のそれと違って、敢えて走っていけばインドへも、パキスタンへも、そして遠くはヨーロッパまで通じている。チベットを走っている国際道路も多い。
沿道の家々がみすぼらしいと国の権威に関わると、中国の中央政府は沿道の住民に1万元ほどを貸して立派な住宅を造るよう奨励するのだそうです。チベットの海外諸国に通じる大きな道の沿道の住宅は確かに立派です。私が三峡ダムを目指して田舎の道を一生懸命車を走らせた時とは違う。
しかし中国でも住宅は1万元では出来ない。為替レートにもよりますが、1万元とは14万円弱ですから。いくら何でも無理。最低15万元はかかるそうです。で、1万元もらった住民は残りを借金して家を建てる。沿道の農家や、遊牧民、半農・半遊牧の民達です。見ると、どれもよく似た色形をしている。しかし、現金収入の少ないチベットでは借金を直ぐ返せなくなる。
その結果は、立派な「面子住宅」も、中に入れる家具などあるのは一階部分だけ。二階は何も置いていない。確かに車から見ると、二階はスケスケ。窓も入っていないように見える。しかもお父ちゃん、お母ちゃんは借金返済の為に出稼ぎでおらず、家にいるのは祖父母と孫だけという家が多いのだそうだ。まだまだ貨幣経済に慣れていないチベットの人達が、陥りやすい落とし穴のように思う。
高山病と並んで日本から数多くの問い合わせがあったし、私も興味があったのは「ラサ、さらにはチベット全体の通信事情」でしょう。日本でも大きく報じられたラサ暴動の後、チベットやラサの通信事情がどうなっているかは日本には伝わっていなかった。だから、BGANも持って行った。
まずケイタイですが、これはコンテンツを含めてかなり自由に、スムーズに使えた。これはやや予想外。もっと規制されていると思った。ドコモもソフトバンク(私の場合はiphone4)も、メンバーの一人が持っていたauも、かなり角度高く繋がる。どこでも。ローミングですが、ラサやその近郊はほとんど問題がない。私は数年前にパスポートを三峡下りの船のセーフに置き忘れて中国の道なき道を忘れ物を取りに移動したが、その時でもケイタイは中国のどこでも通じた。今回もほぼそうだった。
もっとも、今回はさすがに青海チベット鉄道のかなりの部分では「圏外」が出た。それは人住まぬ場所を移動するからで、自然でしょう。ケイタイではツイッターも楽に出来た。3Gだからちょっと遅いが、不自由はない。もっとも、データ量が多い写真は重い。通話は、声がちょっと遠いが、まあ言ってみれば「日本の感覚」でケイタイは使える。
一番心配していたのは、ホテルのネットだ。「暴動後どうなっているか」については、日本でも情報がなかった。で対応策としてBGANをもって出かけたが、行ってみたら我々が泊まったホテルは「無料・使いたい放題」だった。一部の人達が、「伊藤さんのサイトは中国では見れない」と報告してくれた「http://www.ycaster.com」や「http://arfaetha.jp/ycaster/」も問題なく見れた。
我々が泊まったのはアメリカ資本と中国資本の半々の出資によるホテルだそうで、そういう環境もネット接続には有利だったのかも知れない。ラサで唯一らしいが、NHKも見られた(しかしラサで見れたNHKは、北京でも見れなかった)。サッカーのパラグアイ戦は「放送権上の制約」で見れていないが。
では日本のようにネットをフルに使えたかというと、それは違う。日本では私はツイッターのためのいくつかのPCに入れたtweetdeckを頻繁に使うが、ラサではついぞそのコンテンツが表示されることはなかった。ソフトウエアは起動するが、内容が出ないのだ。
繋がらないという意味では、「http://twitter.com/」のオフィシャル・サイトも同じで、「Internet Explorer では twitter.com に接続できませんでした」と出てくる。要するに遮断されいるのだろう。なぜケイタイ(iphone4ではtweetdeck を使っている)を通じた通信ならokで、ホテルのネットを通じたネット通信では「no」なのかは知らない。このtweetdeck やツイッターのオフィシャル・ページのネットとケイタイの関係は、北京でも同じだった。つまりケイタイやスマートフォンでだけ、中国ではツイッターが出来る。
「伊藤さんがラサに居る間、あまりツイッターをしないのは、きっとホテルのネット設備が悪いからだ」との書き込みがあったが、だからそれは違う。ちゃんとダライ・ラマ関連情報以外は99%のサイトを問題なく見れた。FTPも問題なく出来た。かなりの写真をサーバーに送ったから判る。
しかしPCを使ったインターネットでのツイッターの通信は遮断されていたのだから、問題はあったし、不自然だった。恐らくダライ・ラマがツイッター・アカウントを持っいることは知られていて、ネットでの制限を掛けているのだろう。その一方で、チベット(というより中国)ではケイタイやスマートフォンを使ってツイッターをする人はまだ少ないからだろうか。
ケイタイやスマートフォンで出来るのに私がラサ滞在中にあまりツイートしなかったのは、そのiphone4やケイタイを通じたツイッターが、ラサでか北京でか監視されている可能性が高かったからだ。そんな監視された環境でツイートしたくないし(最低限のツイートはしたが)、そもそもツイートするより街や人々を見て、例え短い会話でも現地の人と触れ合いたかったからだ。
それにしても、乗り換えを含めてラサ、成都、北京と移動し、ラサでは郊外も走り回ったが、数年前に比べて劇的に車が増えている。道路を走っても、沿道にはディーラーの店舗が所狭しと出店している。その店の数の多いこと。しかし売れれば売れるほど、中国の渋滞件数は増加する。
そういう意味では、「成長の隘路」に中国は直面しつつある。北京の市内で見かけた大きなマンションの窓は、その多くが夜は真っ暗だった。



