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2010
09/04
Sat

2010年09月04日(土曜日) 鳥葬の民(delayed)

day by day

 (23:30)昨日の朝から全く頭痛がしない。昨晩など大阪のホテルに居るのと全く同じような状態。お部屋は快適です。ラサでこのホテルだけだそうだが、NHKがライブ(ほぼ?)で見れる。番組はちょっと違う。土曜スポーツがなかった。日本の対パラグアイ戦勝利を見たかったのに。多分「放送権上の制約」で最初からダメだったでしょうが。もっともラサでNHKを見たのは全部で20分程度。外の方が面白い。

カムバ・ラ峠からヒマラヤの方向を臨む  話しが飛んでしまったが、それ以前は高山病の軽い後遺症で時々頭痛がしていた。しかしもう酸欠状態には慣れたのだろう。ナイス。その後も高山病の症状は出なかった。標高800メートル(諏訪)で生まれたから、というのは関係ないらしい。直近にどこで、つまり標高何メートルのところで生活していたかが重要だと。そういう意味では、素早く高山病を克服できるかどうかは、ひとえに体質・体調による。そういう意味では私は高山病で重い症状にならずにラッキーだった。

 旅のメンバーはいろいろな対策をして来ていた。東京で処方してもらったダイア...なんとかと言う薬を飲んでいる人もいた。酸素を盛んに吸飲している人もいる。しかし水をよく飲み、深呼吸が常なる薬だ。他のメンバーも徐々に軽くなっているようだ。ただし4日の朝はまだ頭が痛いと言う人が結構いた。

 9人のメンバーのうち3人が男、6人が女だが、今回のケースでは総じて男は強かった。もっとも男三人のうち、一人は高山登山が趣味の人で、キリマンジェロまで登ったという。もう一人は、いつも海外に出かけている屈強な元記者。それに風邪もめったに引かない私。

 女性は6人と数が多いだけ、今回はいろいろあった。女性メンバーの中の半分は対高山病の薬を日本を出る数日前から飲んでいたらしい。それでも夜中に鼻血が出ていた人もいる。一昨日一日を棒に振ってホテルで過ごし、昨日もポタラ宮殿に上るのに非常に難渋した女性もいた。高地での階段の上がりは、彼女だけでなく皆同じに厳しかった。

 日本人の場合、通常は10人がチベットに来ると3人は重い症状の高山病になるという。確率的に。割合から言うと症状が強く出るのは男性が多いという。年をとった方がダメかというとそうではなく、細胞が若い方がなりやすい、つまり若い方が高山病が悪化するケースがあるという。

ヤクにも乗ってみました。海抜4000メートル以上にしか住めないこの動物は、清い水、清い草を食べることで、チベットでは一番人気の動物。一頭500元すると聞いた。ヤク持ちは金持ち  こうした中、4日の午前中は海抜4700メートルのヤムドゥク湖が見えるカムバ・ラ峠までバスツアー。インドやブータンほどではないが、酷い道だ。しかもあちこち土砂崩れで修理中だ。これでも数年前に比べれば非常に良くなった道だそうだ。バイクが我々のバスに追い越される形で何台も登っていく。運転している人の顔を覗き込むと、コーカシアンだ。

 バスの中で聞いた話によると、ヨーロッパの連中の間ではチベットやネパールを自転車やバイクで走破するのが流行っているという。自転車やバイクは持ち込むケースもあるが、現地でレンタルするケースもあるという。ナイス。いつかバイクでやりたい。

 4日は生憎朝から曇っていて(時々軽い雨)、「峠では晴れてくれ」と祈ったが叶わなかった。それでも着いた直後はヒマラヤが見える方向は明るかった。それが上の写真です。それにしても、ヤムドゥク湖は綺麗な湖です。中国でこれだけ澄んだ湖を見れるのは希有でしょう。

 しかしこの綺麗な湖は緊張に包まれている。峠を見渡す一番良い場所には公安の施設がある。そして、そちらの方向にカメラを向けてはならない。この景色の良い地帯は、チベット人のインドへの亡命の通過点になっているとも言われている。だから中国中央政府の監視所がある。暴動後に出来たらしい。

 亡命に失敗して捕まると、チベット人はどうなるのか。そのまま監獄に入れられて一生出てこれないとも言われている。景色は綺麗だが、ダライ・ラマも亡命の時にこの峠を通過したということで、とても緊迫した場所なのである。

 午後はセラ寺でお坊さん達の哲学問答を見ました。セラ寺はもともとお坊さんの教育機関。その教育の一環として、月曜日から土曜日までの午後の一定時間に、寺の庭の一つで、お坊さん同士で哲学問答を展開。それが実に見応えがあるのです。

 片方(通常立っている)が問題を投げかけ、アクション豊かに相手を問い詰める。答えるサイドは通常は座っていて、投げかけた問いに対する答えが満足できなければ、立っている方はとことん突き詰めていく。この問答に関しては動画を撮ってきましたので、一本のチャットのコーナーの記事にしたときにアップします。

旅の途中にあった水葬場  それにしても、ラサは交通事故が多そうだ。旅行中に2件の事故を目撃した。さもありなん、と思う。とにかく運転が荒い。我々が乗ったバスの運転手もそうだった。良く前を見ずにどんどん追い越しを掛ける。黄色二本線の「追い越し禁止」場所でもお構いなしだ。ラサの空港で別れたときには、ほっとした。

 恐ろしい、そして想像を絶する数字を聞いた。それは日本で一年間で交通事故で亡くなる人は確か5000人強だが、人口15万人のラサだけで半年に事故死する人が3000人に達したという。直近の発表だそうだ。人口比では凄まじい割合でラサでは事故が起きていることになる。

 私はこの数字が信じられずに何回も聞いたが、「そうだ」とチベットの人は言う。思い当たる節もある。そもそも信号が少ない。そこに運転に慣れない運転手が急増し、しかもこれはアジア共通だが、横断歩道にも車が突っ込んでくる。我々もしばしば危ない目にあった。駐車場というものがない。止まっている車は全部歩道に乗り上げている。歩道に駐車の赤いマークをしてある場所もあるが、まあ無秩序だ。交通規則が守られているとはとても思えない。

 奇妙なことに、道の両サイドに白線が引いてあって、最初自転車用かと思ったら、誰も自転車に乗っていない。そもそも自転車の数はラサでは少ない。他の中国の都市に比べると。そこを大勢の人が歩いている。車の直ぐ横を。車から見ると、その先に街路樹などが植えられている。つまり車の直ぐ近くが歩道なのだ。事故が起きて不思議ではない。

 もうちょっと詳しい話しをすると、そもそも免許を取れる学校がラサでは少ない、足りないのだという。で車が欲しい若者はどうするかというと、まず買うのだそうだ。四輪のセダンは60万円ほどからある。買って運転を始めてから、免許はお金で後で買う、というのだ。これでは事故が多くなって不思議ではない。

 バスの中で面白い話しを聞いた。チベットでの葬儀について。これについては、調べたら既にサイトがあるが、私が聞いたのは以下のような内容でした。鳥葬に関する内容もかなり違う。
  1. チベットには5つのタイプの葬式がある。塔葬、鳥葬、水葬、火葬、土葬。「塔葬」は、歴代のダライ・ラマなどが葬られた形で、遺体を乾燥してミイラ化させる。ポタラ宮には歴代の霊廟があり、黄金で作られた座の上には今でも歴代ダライ・ラマのミイラが入っている

     

  2. 一般庶民の葬式は、大部分が「鳥葬」である。場所はセラ寺の裏側の山の斜面など決まっていて、死んだ人の体を完全に解体し(だからチベットでは解剖学が非常に進んでいるらしい)、骨など食べにくい部位から鷲に食べさせる。鷲は山の上から飛び降りてくる。最後は肉で、その順序で出さないと鷲が最初に満腹なって骨まで食べないそうだ

     

  3. 鳥葬は専門の人の集団がやり、その値段は決まっていないため(日本の寺に対するお布施もそうだ)、結果的に結構コストがかかるらしい。かつ、チベットでは死んだ人が身につけていたものを死んだからといって外してはいけないという。首飾りなど宝飾品の数々。家族・親族にお裾分けできず、葬儀に当たった専門の人の所有となる。それやこれやで、鳥葬を専門にやる人達は経済的には豊かだという

    チベットの道沿いの岩山に沢山ある階段。天上の死者に降りてきてもらうために沢山書いてある

  4. しかし、チベットの女性もそういう人達を「こわい」と考え、あまり結婚相手には選ばないそうで、そういう専門の人は生涯独身の人も多いという。一つ興味深いことに、お酒やタバコを好んだ人の内蔵は、鷲も嫌がって食べないために、鳥葬を専門にする人は鷲に提供する順番などに工夫を凝らすそうだ。とまれ、鳥葬があるが故に、チベットの人は鶏であろうとあまり食べないという(対して漢人は鶏肉が好きだ)

     

  5. 12才以下の子供は「水葬」にふされる。鳥葬をするお金がない家族も「水葬」を選ぶという。チベットでは葬式は特殊男性的な儀式で、例えば12才以下の子供が死んだ場合、それが例え母親であれ水葬の場には女性は参列できないという。「水葬」があるが故に、チベット人は決して川魚を食べない(中国人が入ってきて食べたとき、大騒動になったそうだ)

     

  6. 伝染病でなくなった人など鷲や魚に食べさせるのも憚られる場合には「火葬」にするという。伝染病者以外にも、高僧などが火葬にされるケースもあるという

     

  7. 最後は「土葬」で、日本も昔はこれが圧倒的だったが、チベットでも「過去の埋葬方式」となったようで、今ではほとんど行われていない、という
 私が詳しくチベットの葬儀方式に関しては書いたのは、その民族の特徴、人を葬るときのその土地独自の考え方が示され、それには合理性があると思うからです。ブータン旅行記でもこの点には触れました。鳥葬、水葬を考えて頂ければ良いのですが、ブータン同様、チベットにも「墓」と呼ばれるものはない。塔葬の塔は墓とも言えるが、それは極少数の権力者の霊廟。庶民の墓はない。日本が何処に行っても墓があるのとは全く違う。数字の数え方が似ていても、この違う点です。

 しかし死者との紐帯が切れるわけではない。家族や親しい人は、死んだ人の死んだ日をよく覚えていて、49日の法要、三回忌、七回忌などなどをきちんとすると言う。写真のように、チベットの道を走ると、道沿いの岩山に白線で沢山の階段が書いてある。先祖や死者をたたえる祭りのおりなどに、沢山の死者に降りてきてもらうために描かれた階段だそうだ。

 生きている人々の気持ちが天に昇るための、そして天上から死者が容易に降りてこられるように書かれた階段。人々の思いが詰まった白い階段です

23:08
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