
(23:30)青海チベット鉄道は、以下の特徴を持つと多く
の案内書やサイトには書いてある。
など。常にこういうことが起きるのかどうかは知りません。しかし日本では「泣くこと地頭には.....」と言うが、中国ではやはり党と政府には勝てないということでしょう。
実際に乗って感じたことは、「堅牢な作りをしている日本にはないタイプの列車である」「揺れは思ったほどではなく、その中で簡単に寝られる」「実に長い。我々は15号車に居て、食堂車は8号車で二回往復したが、その長いこと」など。
軟座、硬座という区別以外に6人がけと4人がけの左右に配置された椅子席というのがあって、そこで24時間を過ごす人もいる、ということだ。多分安いのだろう。沢山の荷物を抱えた親子連れなどが乗っていた。
私は寝台車に乗ったのはこれが初めてだったので、他との比較は出来ない。しかし、三段のベッドの二段に入っていつも通り直ちに眠りに入ったし、その後も9人がコンパートメントを行ったり来たりしながら、まあ面白かった。
景色は雄大です。雄大も長く見ると飽きて来るというのが今回判ったが、何と言っても「氷河」が見れたことが良かった。昔に比べてだいぶ小さくはなっているのでしょうが、それでもやはり存在感がある。多分飛行機の上からは沢山氷河は見ている。しかし、列車の窓から見たのはこれが初めてです。 硬座で我々が使った二つのコンパートメント以外はほとんどが中国人(二人欧米人がいた)だったが故に、面白い出来事もありました。私が廊下で外を眺めていると、中国人の老齢に近い男性が近づいてきて、中国語で「今走っているところはこういうところだ」(多分)と説明を始めてくれた。
私は中国語がとんと判らないので、書いてもらったのが写真のメモです。要するに「この辺は標高は高いが昔は海で、それが隆起して今は全て塩田である」と一生懸命説明してくれているようだ。あとで西寧から乗ってきたガイドさんも入って会話をしていたらそういうことらしい。
中国の普通の人達の生態が分かって面白かったな。なにせ24時間一緒にいるわけですから。例えば、車内のあちこちには鼻に入れると酸素が出てくる設備がある。そこにチューブ式の吸引機を差し込むのですが、それは有料です。しかしそれを我々が廊下サイドに使わずにつるしておいたら、中国の人が何の断りもなく使いに来た。「ノーノー」ってなもんです。
青海チベット鉄道も、西寧を出て3時間もしてちょっと起きたら、携帯が一斉に繋がらなくなっていた。「ああもうずっとダメか」と思ったら、時々ドコモが使えたり、iphone4が使えたり、auが使えたり。日本からの電話がかかると、「ああここは使えるんだ」と。むろん、全部ローミングです。
同室の人々四人の寝息、イビキはあまり気にならなかったな。多分私が最初に寝入ったので、私もしていただろうし、むしろこの空気の薄いところでまだみんな生きているという証拠になる。寝たり起きたり、車窓を眺めたり、トランプをしたり、列車の中を歩いたり。停車すると外に出てみたり。
そういう意味では、硬座は良かった。
24時間と言っても、なんだかんだ時間は過ぎるものです。結構話すこともいっぱいあるし、メンバーの一人が持ってきたトランプを楽しみました。だって、景色だけを見ていたのでは飽きる。
日本では決して経験できない4000とか5000メートルですから、「高山病」の症状は出る。私に時々起きたのは頭痛。急いで水を飲み、深呼吸を繰り返した。それである程度収まる。あとはちょっと思考能力が落ちること。他の人達の症状では、目眩、立ちくらみ、食欲減退、眠りが浅くなる......などなど。高山病についてはまた書きます。
終着駅に着いたのは、9月01日の夜9時50分くらいかな。予定より早かった。さすがに閑散としている。暗い。西寧もそうだったが、中国では駅が暗い。パンフレットなどには綺麗な駅舎が映っているが、そもそも写真は綺麗に映るし、昼間撮っている。夜の中国の駅舎は不気味です。
ははは、ちょい緊張。閑散としているのに、あちこちに迷彩服を着た兵士の姿が見える。一つの兵士がツアコンの女性に近づいたので、「検査があるのか」と思ったら、その兵士はやおら荷物をもってバスまで運んでくれた。緊張が和む一瞬。
そのままホテルへ。荷物をアンパックし、とにかくシャワーを浴びて、水を飲み、深呼吸を繰り返したら眠くなった。3年前に出来たホテルだそうで、小ぶりに見えて瀟洒な感じ。ベッドも良い。ネットの接続を確認し、メールに返信して、直ちに爆睡。
ツイッターは青海チベット鉄道の中でも時々やっていましたが、インターネットはほぼ40時間程度不接触。私としては極めて希有な事態でした。



